titilia enne hymmnos... 3
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それは、まさに突然のことだった。 あれから何日か経ち、その日から仕事に復帰した私とスクードはそれを告げられ愕然としていた。 「パートナー解消……?」 上司から余りにも呆気無く告げられたその言葉を、私は呆然と繰り返していた。 「――そうだ。スクードは現状のまま遺跡探索班。ミュゼットは本社勤務になる」 スクードが大きな音を立てて机を叩く。 「なぜですか、――納得できません!」 その言葉を聴いているのは普段は柔らかい笑顔を苦しげに歪めている上司、モルビド課長。 元々は私達と同じ、遺跡探索隊員から出世した年若い課長は声をひねり出す。 「……恐らく、先日での事故が原因だろうな」 今、会社であの事件のことを知っているのは私達当事者と、その場に居合わせていた同じ隊の仲間。 それからメディケッサ先生。そして――上層部。 「それは、俺が彼女を守りきれない、そう判断されたと?」 「違う。お前は十分良くやっている。恐らく近々昇進の通達が来るだろう。2、3日もしないうちに隊長になる」 「ではなぜ!」 怒りを露わにするスクード。何事かと作業をしていた社員達がこちらを見ていた。 「あまり言いたくはないが、――ボルドの耳に入ったんだろう」 ヒュムネクリスタルから何かが流れ込んできた。一般ではダウンロードと言われる。 つまり、私の体の中にはヒュムネクリスタルの力が存在しているのだ。 その力は全くの未知数。その情報をボルドが知ったというならば、それは――。 もうどうしようもない。会社を辞めても、追いかけて来るだろう。 それ以前に、今の状態で辞めることなど到底不可能な話だった。 (エレミア教会に逃げ込もうか?) 無駄なこと。一瞬浮かんだ自分の考えは我ながら楽観的過ぎた。 辿り着くまでに追いつかれてしまうだろう。 「出世したければ、黙って受け入れろと? そういう事ですか……!?」 「仕方ないだろうが!」 課長も声を荒げた。滅多に怒ることの無い課長が大きな声を出したことで辺りが静まり返っている。 周りの視線が痛い。スクードも口を広げたまま沈黙していた。 やがて、課長が苦しげに呟き始めた。まるで懺悔をするかのように。 「……俺としても黙ってたわけじゃない。だが、あれでもボルドは副社長だ。一課長の言葉が聞き入れられるほど、<天覇>は甘くはない」 良く見れば課長の顔色はいつもとは違い、少し疲れていたようだ。 上層部と掛け合った結果だろうか。 彼を許して上げられる神さまは、彼の懺悔を聞き届けるのは――私だった。 「……」 静けさが支配する、いつもと違う職場。 私は二人が言い争っている中、それを決めた。 「――もう、いいよ」 許しの言葉は、私の目の前の二人を振り返らせる。 「ミュゼット……?」 「スクード、もっと嬉しそうにしてよ。お給料だってアップするんだよ? 待遇だって良くなるし、ほら、私の代わりになるパートナーはもっと可愛い子かもし――」 「ッ馬鹿野郎! 俺はお前じゃなきゃ駄目なんだよ!」 「――――」 ありがとう、スクード。私、泣いてないかな? ……すごく、嬉しいのに泣いてたらおかしいよね。 「ミュゼット、すまん――」 課長はまだ謝っていた。気にしないで下さい、課長。 「もう、決めたから。それに、まだ何かされると決まっているわけじゃないでしょ? 二人とも大げさだよ……」 私の言葉はどんな風に聞こえただろうか。 嘘で塗り固められた言葉。何かされるのは、間違いないのだ。 そうでないと、本社に移される意味がない。 怖くないわけじゃない。あのボルドは私たちレーヴァテイルを本当に道具としか見ていない。 言葉にするにも恐ろしいことをされるかもしれない。 もう、戻って来れないかもしれない。課長も、他のみんなも、スクードにも、……会えないかもしれない。 それでも。私は行かなければならない。 ボルドも社長のことは恐れている。大っぴらに何かはしないだろう。 だけど、確実に何かを仕掛けてくる。誘拐紛いのことをするかもしれない。 その時。私の周りにいる確率が高いのは間違いなくスクードだ。 もちろんスクードは私のことを守ってくれようとするだろう。 でもあいつには勝てない。スクードが遺跡探索班の中では優秀だと言っても、ボルドとは比べようもないのだ。 元々ボルドはフリーで遺跡探索をしている傭兵だったらしい。 社長も若い頃は傭兵をしていて、その頃にボルドとは知り合ったそうだ。 その時にボルドの強さに眼をつけていた社長は<天覇>に引き抜いた。 社長も当時の傭兵達の間ではトップクラスの強さを持つ実力者で、現社内でも恐らく社長が一番強いそうだ。 ボルドも強いことは強いが、社長には及ばないらしい。 だから今でもボルドは社長には頭が上がらない。けど、裏では色々と動いている。 社長の耳に入らないように。<天覇>の闇。そのほとんどはボルドの作り出した何かで埋め尽くされている。 万が一社長に見つかっても、持ち前の狡猾さで切り抜けているのだから始末に終えない。 あの男は見た目にそぐわず力だけが強いわけではないのだ。 いくつかの研究部署を与えられ、そこで自分の息がかかった社員と一緒に秘密の研究をしていると聞く。 そこに配属されているレーヴァテイルは、一様に辛そうな表情をしていた。 無表情な仲間もいるけど、それは何も感じないように壊れてしまったのだ。 逃げ出す気にもなれないほどに。まるで無機物のように扱われ、消耗されてしまったのだ。 だけど、私はその闇に取り込まれに行く。大切な人たちに迷惑はかけたくないから。 ましてや、危険な目になどあわせられるわけがない。 闇に取り込まれるのは、私だけで十分――。 「今まで、ありがとう。」 ぽつりと呟いた私の言葉は、どこまでも空虚に広がっていった。 課長は相変わらずの姿勢で、椅子に座って暗い表情をしていた。 スクードも、つらそうな表情で黙って俯いていた。 私が去った後も、ずっと。ずっとそうしているのだろうと、私は思った。 だけど、いつか少しづつ立ち直っていく。私もそれを望む。 スクードは私の代わりのレーヴァテイルと一緒に、新しい任務に挑むのだろう。隊長として。 それは少し寂しい。せめて、忘れないで居て欲しい。 私と過ごした僅かな日々を。 ふたりで、すごした、たいせつな――。 |