titilia enne hymmnos... 2



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「――ね、特に体には――みた――」
「そうですか、――がと――」

声が聞こえる。薄っすらと眼を開けると、真っ白い照明が見えた。
首だけ横に向けてみると薄緑色のカーテンがかかっていて、その切れ間から白衣姿の女性とスクードが深刻な顔で何か話している姿がちらりと見える。
起き上がろうと上半身だけ起こすと、頭をカナヅチで殴られたようにガンガンと痛む。
「っ、ぅ・・・・・・」
妙に肌寒く感じて、かけられていた毛布を引き寄せた。
かすかな衣擦れの音。その音に気づいたのかカーテンが、さっ、と開かれる。
「あ・・・・・・」
私服姿に戻った心配そうな表情のスクードが立っていた。
何か声を出さなきゃ。そう思っていい言葉を考えてみたけれど頭痛が邪魔をして思い浮かばない。
「ミュゼット・・・・・・」
考えているうちにスクードが先に話しかけてきていた。
「スクード、私、は――?」
自分で言って、思い出した。
遺跡で行方不明になりかけたこと。
祭壇に祀られていた不思議な結晶のこと。
そして――”声”。
声の命ずるままにスクードを突き飛ばしたことも。
「・・・・・・ごめんね、ごめんねスクード。私彼方に酷い事しちゃった」
「気にするな。お前があんなことをするなんて考えられない。あの結晶のせいなんだ」
「あの結晶の?」
そういえば、確かにあの時結晶から流れ込んでくるような何かを感じた。
私を蝕むような何か、邪悪な意思を。
「あれ・・・・・・なんなの?」
その私の問いかけに答えたのはスクードではなかった。
「あれは、ヒュムネクリスタルの一種だよ」
綺麗に纏められたクリーム色の髪。汚れ一つ無い白衣を纏った女性がカーテンを掻き分けて仕切られた部屋に入ってくる。
その姿に私は見覚えがあった。
<天覇>に入社してまもなくの頃、まだスクードがパートナーになる前のこと。
職場の環境に慣れることができずに体調を崩して、医務室に通っていたときに色々相談を受けてくれたことがある。
おかげで、私は健康な状態に戻り晴れて探索部に入ることが出来た。
私の掛け替えの無い恩人の一人である人を、忘れられるわけも無かった。
「久し振りねミュゼットさん」
「メディケッサ先生・・・・・・?」
「ファミリーネームで呼ばなくてもファーストネームのノルマで良いわよ?」
久し振りに会う先生は、そう言って少しだけふわりと微笑む。その姿は優雅で、私が憧れている大人の女性そのものだ。
「ま、それはともかく具合はどうかしら。体に異常は見られなかったんだけど」
私が素直に頭が痛い、というとメディケッサ先生は「ふむ」と腕を組んで悩むそぶりを見せる。
「どうしたものかしらね・・・・・・原因はどう考えてもあのヒュムネクリスタルなんだけど」
「あれが、ヒュムネクリスタル・・・・・・!?」
「そう、数々の伝承に残され、今じゃ滅多に見つからない第一級のお宝であり、見つければ社長直々に表彰される貴重な代物、なんだけど・・・・・・」
だんだん歯切れが悪くなる先生の言葉に私は不安を感じた。
「それがね、どうもあれは普通じゃないらしいのよ」
その言葉に反応したのは私ではなく傍らに立っていたスクードだった。
「どういうことですか?」
先生は答えあぐねる様に口をつぐみ、やがて小声で話し出す。
「・・・・・・ここからは他言無用で頼むわよ。まだ研究部の奴らが解析中だから詳しくは分らないんだけど。普通、ヒュムネクリスタルはレーヴァテイルの誰しもが持つ真の名とでも言うべきもの、ヒュムネコードの認証がなければインストールされないの」
「それが何か?」
「分らないかしら? あなたは彼女に対してなにもしてなかったんでしょうが。それなのにあれは勝手にミュゼットにインストールされた。明らかに今までの研究データとは違う」
「私の中に・・・・・・じゃああの声が?」
ひたすら何かを憎み続け、私の体を・・・・・・心を操った声。怖気が走る。――怖い。
「何か、『想い』を聞いたのなら間違いないわね」
「ミュゼットはどうなるんですか?」
「今のところ、何も言われてないけど間違いなく上から監視がつくでしょうね」
「そんな・・・・・・!」
「辛いでしょうけど、仕方ないわ。今までにこんなこと無かったんですもの」
喋り続けるスクードと先生。情けないことに当事者の私は話についていくことが出来ない。
今度は頭痛のせいではなく、あまりの事態に頭が真っ白だ。
そして、二人が言葉を発せ無くなって暫く経った後。各部屋に備えつけられたスピーカーから声が響いた。
「第3医務室担当メディケッサ先生、至急社長室までお越しください。社長がお呼びです。至急社長室までお越しください。繰り返します――」
「・・・・・・とにかく、現状では私の口から何を言うことも出来ないわ。でも、何か異常があったらすぐにここに来ること、いいわね?」
「はい」
私が小さく呟くと、先生は満足したのか「よろしい」と言って医務室から出て行った。
取り残された形の私達は、何を言うことも出来ずに沈黙を頑なに守っていた。
随分、頭痛も引いてきた頃。私は沈黙を破ることにした。
「ねえ、スクード?」
「・・・・・・ん?」
「あの時、何があったのかな・・・・・・皆は?」
「お前が・・・・・・倒れた後、皆が助けに来て遺跡から脱出したよ。全員無事だ」
「そう、良かった・・・・・・」
会話はそれきりで、また静かな時間が始まる。
壁にかけられた時計の、時間を刻む針の音だけが僅かに聞こえる。
「スクード、ごめんね」
「な・・・・・・」
「私が、勝手に触ったから、こんな目に遭わせちゃった。心配させちゃった。先生にも。・・・・・・それに」
「・・・・・・馬鹿。馬鹿だな、ミュゼット。お前はそんなこと、気にしなくていいんだ。あれは、俺のせいだ。謝るのは俺の方で、お前は謝らなくても良いんだ。守るって、言ったのに・・・・・・!」
「違うよ。私が――」

――ぽたり。

時計の音じゃない音が、とても静かに聞こえた。
気づくと椅子に座ったスクードの顔は俯いていて。
広い肩は小刻みに揺れていた。

「・・・・・・スクードの泣き虫」
「ごめん――、本当にごめん。俺は・・・・・・パートナー失格だ」
「そんなことない!」
気づけば私は、上半身を起こし自分でもビックリするくらい大きな声を出していた。
泣いていた彼も、ほうけた様に私を見ていた。
「ミュゼット・・・・・・」

「スクードは分ってない。私は、感謝してるんだよ? こんなに、感謝してるのに。パートナー失格なんて、そんなこと言われるなら私こそ、私にこそ資格がないのに――」

大きな声を出したせいか、頭痛がぶり返してくる。構わない。
私とは違う、別な声が何かを言っている。
『なぜ・・・・・・』
今は、そんなことを気にしていられない。

「私は、こんなに想っているのに・・・・・・!」

言葉を一つ紡ぐことに、頭痛が大きくなる。痛い。声が聞こえる。
『取り返しが、つかないのに・・・・・・』
(でも、やめるわけにはいかない・・・・・・)

「あなたのこと、大好きなのに!」

言った。言ってしまった。ずっと一緒にいたけど、ずっと言えなかった一言。
今の世界を崩してしまうのが怖くて。明日から会えなくなるかもしれない、話すことも無くなるかもしれない。
傍に居ることも出来なくなるかもしれない。そんなことを考えただけでも泣きそうで。
体の中が熱い。燃えてしまいそうなくらい、熱い。
頬はとんでもなく赤いだろうなと、私は場違いにもそう思った。
不思議とその瞬間だけは頭痛が治まった気がした。
『愚かな、愚かな・・・・・・』
すぐに頭痛は激しくなり、頭が割れそうになる。
また気絶しそうになる、でもまだ倒れるわけにはいかなかった。
(まだ、返事を聞いてないもの――!)
でも、今。このときを逃せば言えなくなるかもしれない。そんな不思議な予感を私は感じていた。
だから、言ってしまった。

・・・・・・頭が痛い。視界が揺らぐ。

呆けた顔のスクードはふと、我に返ったように笑みを浮かべ口を開く。
「・・・・・・分かってた、でも、俺も――聞けなかったんだ。良かった、本当に、良かった」
それを聴いた瞬間、頭痛の並が一段と激しく押し寄せ私は再びベッドに倒れていった。
やんわりと薄れて行く意識の中で愛しい声が聞こえた気がした。

「――ありがとう」

不思議と、今だけは”声”が怖くなかった。





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