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旅人の唄 〜変才 後編〜



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才能と言うものは、確実にある。
敵と戦うのも宝を見つけるのも人を惹きつけるのも才能だ。
しかしそれよりなにより、重要なのは諦めないことだ。

――旅人の唄  6章 最後に、旅立つ者へ送る言葉より――





なんだろうか、とアリブは思った。
鼻をくすぐる感覚。何かを焼く匂い。
またか、と思いつつまた目を閉じようとし――気づいた。
「……そういえばそろそろ食事を取らねば死ぬかもしれないな」
よくよく考えてみればまともな食事を取ったのはいつだったろうかと考え、すぐに不毛な考えだと切り捨てる。
「今食べれば全て解決すること、か」
そして、ちらりと視界を窓に移す。
見慣れたインディゴ色の厚いカーテンが日の光を遮っている。それをみてふん、と満足して部屋から出て行った。


「ん、起きたか?」
「む」
アリブが眠たがる眼を無理に起こしつつ、皿を並べているビスペダに短く答える。
食卓に眼をやればパンとライス、二つの主食が鎮座している。どうやらもうすぐ出来るようだった。
どこか外れている鼻歌がキッチンから漏れてくることから察するに料理しているのはカルの様だ。
「部屋は片付いたか?」
「片付いてなかったら?」
その冗談のつもりだった疑問は瞬間的に出現した氷の粒により解消された。
「……今更ながら、俺はお前の怖さを思い知った」
「今更ながら、僕は貴様のゴブリン程度の学習能力を思い知った」
「冗談への突っ込みは最低でも素手でやるもんじゃないか?」
「僕はつまらん冗談が嫌いだ」
「……」
無言で皿を並べるという選択肢を選んだビスペダを尻目にアリブは悠々と椅子に腰をおろした。
何かをするには足りず、待つのにはほんの少し長い時間。その時間をぼんやりと何かを考えながらアリブは過ごす。
そしてふと思いついたことを吟味もせずに言った。
「ビスペダ」
「ん?」
「暇だ。愉快な事をしろ。ちなみに面白くないことをしたら僕がとっておきの雷系魔法スパイスを加えてやる」
「……出来るか」
「無能め」
「いくらなんでも酷いと思わないか?」
「思わん」
「……期待はしてなかったがな」
下らないやり取り。そこにカルが妙な鼻歌とアリブにとって何日ぶりかの料理を伴って割り込む。
「はいはーいお待たせしました〜! 本日のメインイベント。名づけて料理の鉄人カルちゃんがアリブのために作った料理、
名づけて『激烈すぎる愛の炎で焼かれたために食べたら恋に落ちちゃうかもな、ブリフネ鯉焼き』でぇ〜す!」
場が瞬間的に凍結する。中級氷系魔法アイススピアで貫かれるよりも重い雰囲気。しかしそう思ったのはビスペダだけだった。
アリブは普通に並べられたブリフネ鯉焼きを食べようとナイフとフォークに手を伸ばそうとしている。
「あ、待った待った。アリブにはカルちゃんから特別に隠し味をぷれぜんとふぉーゆー!」
堂々と言った時点で隠す意味が無くなったことに突っ込むような人間はこの場に存在していなかった。
不断なら突っ込むビスペダは元に戻るのに2、3秒はかかりそうだ。
もっとも、突っ込んだ時点で今更どうしようもないところまで来てしまっているのだが。
「これをかけるだけで美味しさは1000パーセントアップ、そしてアリブの心はカルの物に!」
「ほう」
平然と受け流すアリブ。元から興味が無いのかもしれない。
ただしその脳内では10倍になるのならばこの料理はそれほど不味かったのか、などと考えてはいたが。
そしてカルはどこから取り出したのか分からない粉をぱらぱらとかけようとして、その手を掴まれて止まった。
止めたのは硬直状態から復帰したビスペダ。
「むー、邪魔しないでよー」
「――ひとつ聞いておくが、その粉はなんだ」
「惚れ薬」
はー、と大きくため息をつくビスペダ。諦めの成分が随分含まれていそうだった。
文句を言おうと開いた口から言葉が出る前に、アリブが機先を制した。
「惚れ薬、だと? それはお前が調合したのか?」
聞かれたカルはえへんと胸を張り自信気にこういった。
「愛の力は偉大なのでぇす。アリブのためならカルは例え火の中水の中! 調合なんてお茶の子さいさいでやっちゃうよ?」
「なら、幸運のポーションについて何か情報を持ってないか?」
「幸運のポーション?」
「聞き覚えがあるようだな」
「うん、確かカルに調合教えてくれたセンセーから聞いた覚えがあるよ。っていうか幸福がほしいならカルがあげちゃうよ!
カルからの、『愛』という名前のハッピーライフな贈り物!」
「お前からの幸福はいらないが情報は欲しい」
もう、遠慮しなくていいのになどと言いながらカルは何枚かの千切られた紙の束を取り出した。
「これがセンセーからもらった調合のメモなんだけど」
「む」
言った瞬間には既にメモはアリブの手の中にあった。
礼を述べる一言も無かったがカルは特に気にした様子も無い。慣れているのだ。
つらつらと眼を通していくアリブ。その中で目的の品があったのか、一枚のメモ用紙でめくる手が止まる。
「あったのか?」
「あった」
そして手に持つメモを突き出してくるアリブ。どうやら眼を通しても良いらしいと判断したビスペダはそれを手に取った。
書かれていたのはどうやら必要な材料らしきもの。随分以前に書いたものか、
結構古びていて文字も消えかかっているが寸でのところで読めるものだった。
「なになに……四つ葉のクローバー? なんだそれは。冗談だろう?」
そう、それは冗談のような言葉だった。四つ葉のクローバーなどという単語はビスペダの常識では幻の存在だった。
この世界において、クローバーには三つ葉のものしか存在し得ないのである。
「書いてあるのだから、あるんだろうな。カル、これを書いた奴が実際に幸運のポーションを作っているのを見たことは?」
「うーん、出来たのをみたことはあるけどねー。作ってるのを見たことは……」
そこで途切れかけた台詞は、「あ、でも」とつながれる。
「確か、特定の場所でしか生えてないとか……」
「特定の場所、か……そのセンセーとやらに連絡は取れないのか?」
「うーん、基本的に住所不定の人だからねー。あ、でもフクロウ便で頼めば届くからメモ送っとこうか?」
フクロウ便というのは、この世界における重要な連絡手段の一つである。
名前の通り梟が配達を行うのだが、少し異なるのは例え相手がどこに居ても必ず届けるという特性を持つこと。
名前を伝えるだけで必ず相手の元に届くのである。金銭の類も必要ではなく、エリン7不思議の一つに数えられている。
神の化身、命の泉より生ずる梟、友好的な魔物の一種などと様々な説が唱えられているが真相は定かではない。
「そうだな、頼む」
「アリブに頼まれた! カルちゃん頑張っちゃうよ!」
「メモ送るのに頑張ることって何だ?」
呟いた突っ込みは呟きのままで消え去った。
「さて、では行くか」
「何が『では』なんだ? どういう展開か俺には付いていけないんだが?」
「僕がただ待っているだけとでも思ったのか? 僕にも心当たりがあるからな、少しでも確率があるのなら行っておきたい」
「ちなみに聞いておくがそれはドコだ?」
「ペッカ」
「マジかよ……」
「つまらない冗談は嫌いだ」
ペッカと呼ばれているダンジョンは現在確認されているどのダンジョンよりも難易度が高い。
生息しているモンスターはほとんどが揃いも揃って倒しづらい不死属性をもつ化け物アンデットばかりで、
はっきり言って敬遠されることが多いのである。
だが、それは普通の人間にとっての話だ。現存する特異とも言える天才にとっては行楽どころか子供のおつかい気分なのだろう。
「あそこには価値が高い薬草が生えているからな。もしかしたら四つ葉のクローバーも生えているかもしれん」
「そうだといいがな……」



「おい、本当に割に合ってないぞコラ!」
状況は――客観的に言えば過酷の一言に尽きた。もっとも、本人達にとっては茶番でしかなかったが。
基本的にアリブは面倒なことが嫌いなので、遠距離もしくは中距離戦法しかとらない。
弓技には興味を示さないので魔法で戦うのだが、魔法が効きづらい敵には「面倒臭い」と言って戦おうとしないのである。
実際、剣の技術が無いわけではないのだから本当に面倒なだけだろう。
ちなみに当の本人は弓で狙いを定めビスペダを援護するカルの後ろで読書中である。
「無駄口を叩く暇があるのなら一匹でも敵を倒せ無能」
「頑張ってねお兄ちゃん。骨は拾ってあげないけど、落ちた装備は売ってアリブとの結婚資金に使う予定」
「ああーッ、もうアッタマ来た!」
とうとうキレ始めるビスペダ。無理もないが。
もう慣れたとはいえ僅かながらにストレスを感じているのである。
つもりに積もった鬱憤は迫り来るモンスターに向かって炸裂することになった。
「どいつもこいつも俺のことをなんだと思ってやがるんだ――!」
何かどす黒い雰囲気を放つビスペダ。気のせいではなくモンスターが一瞬ぴたりと止まった。
<混沌の騎士>ダークナイト以上の圧倒的な威圧感が開放される。それは間違いなく邪悪。
一部にしか生息が確認されていない古代より永らえてきた生物の王、竜種にも対抗できそうだった。
右手と左手にそれぞれ握った短剣が銀の線となって伸びる。それはまさしく流星と呼ばれるもの。
ビスペダの体は光となる。次の瞬間、それはモンスターの前に出現していた。
「死者なら死者らしく墓の下で寝てろ!!」
動いたのは右手か左手か。瞬くほどの間に人々にとっての恐怖は八つに裂かれる。
気づいたかのように灰となって消えていくモンスター。
同胞が消滅したのに気づいた別のモンスターが行動を起こそうとした時、ビスペダは既に攻撃態勢に入っていた。
「恨むんなら、アリブの気まぐれを恨んどけよ」
聞こえるか聞こえないかの内に、またもモンスターは散り散りに灰と化す。
僅かながらに口の端を吊り上げるビスペダ。彼もまた、才能持つものであった。
伊達や酔狂ではアリブには付いていくことが出来ようはずもない。
刹那、ビスペダの姿は消え去り次の獲物へと奔っていた。


影に潜んで近づく存在があった。
どうやらそれは自分達が出現して以来全く動くそぶりを見せることなく何かに没頭し始めた人間に狙いを定めたようだった。
馬鹿な奴だ、自分が狙われていることにも気づかずに。
そんなことを思ったそれは、それでも影に潜んで己の気配を殺す。
が、まさに襲い掛からんとしたその時である。
ふとそれは気づいた。後ろから近づく何か圧倒的な存在に。
背がまだ遠い存在によって焦がされる感覚。それは確かめようと振り向いた。
しかし、それは圧倒的な存在が結局なんだったかを知ることはなかった。
それが振り向ききるその僅か前に、それの頭部は炎に包まれ文字通りの灰となったからだ。


「下等が」
「んん、なにか言った?」
「いや?」
「そう? それにしてもお兄ちゃん頑張ってるねー」
「当然だ」
ほとんど観客になっているアリブとカル。もっとも、アリブに到っては最初から見ていないが。
ちなみに、カルは鼻歌交じりに、棒立ちになりつつあるモンスターを狙い撃ちしている。
「ふふんふっふっふ〜ん♪」
背中にある矢筒から5本同時に矢を引き抜き、弓に番える。
「えいっ」
次の瞬間、頭部、両腕部、両足という五点を貫かれて断末魔すら上げずに倒れるモンスターが在った。
地面に伏した瞬間にその存在は粒子となって消える。
何が起こったかも分からぬままに消滅していく彼らが何を思うかは知らないが、一つ確かなことはこれは蹂躙でしかないことだ。
アリブ、ビスペダ、カル。彼ら三人はそれほど圧倒的であった。
普段は生まれ付いての身体能力では圧倒的に非力なる人間を狩るモンスターは、今日に到っては全く違っていた。
まるで狩られる為に生まれてきたかのように、それはただ弱者だった。
狐に追われる兎のように、抵抗するすべもなく消えていく。その全てが消え去るのにそれほどの時間は要しなかった。



それから暫く経ち、彼らの姿は薬草の群生区にあった。
地面に近い位置で動くのは、珍しくアリブの姿。他の二人もその位置で動いていたが。
「なあアリブ。ない物を探すと言う行為にははなはだ疑問点を覚えるんだが」
「別にクローバーのためだけに来たわけじゃない。他の薬草も仕入れていかなければならん。貴様らは四葉のクローバーだけを探せばいい」
「へいへい」
そんなやりとりが何度かあって、結局ここには無いという結論をアリブが出したのは群生区の半分以上の薬草を刈り取った後だった。
ちなみに、3回目のやり取りでビスペダは体に霜を張り付かせている。原因は勿論アリブによる氷系魔法である。
曰く、「仏の顔も三度までだ」らしい。
地上に舞い戻った満身創痍を一人含む彼らを、フクロウが出迎えた。
もっともそれに気づけたのは、ビスペダをのぞく二人で、ビスペダは虫の息で地面に臥せっていた。
「あ、センセーから返事が着たみたい」
「内容は?」
「え〜と、なになに……『四葉のクローバーはクローバーヌー、もしくはクローバー豚と呼ばれる特別な動物から採取可能』だって」
「聞き覚えはないが……」
顎に手を当てて思案するアリブ。さして時間も必要なかったらしく、すぐに顔を上げる。
「カル、そのセンセーが今どこにいるか分かるか?」
「うーん、そういえば前にイリア大陸にいきてーとか言ってたけど」
「フクロウ便が行って帰ってくる時間を考えるとカルー森あたり、か」
「どーするのアリブ?」
「決まっている。幸運のポーションを持っていたと言うことはそいつはその訳の分からん動物を持っているということだろう?
どこに居るかも分からんキテレツな生物を探すよりはそいつから譲り受けた方が早そうだ」
「そういえば確かに、センセーは可愛い豚持ってたような……」
そこまで黙っていたビスペダの上半身が跳ね上がり、反論。
「おいおいおい、待てカル。曲がりなりにも師匠から強奪する気なのか!?」
「うう、ごめんねセンセー。カルは愛に生きる女です、よよよ」
どうやら本気らしいことをビスペダは、嘘泣きの演技をし始める妹から察した。
「決まったようだな、行くぞ」
「カリブ、一応聞いておくが諦める気分とか湧いてこないか?」
「一応言っておくが、諦めるという言葉を僕は使ったことがない」
返答を聞き、再び地面に突っ伏すビスペダ。その数秒後には振り下ろされた鉄板補強された靴の踵により起きることになったが。
「頼むから穏当に済ましてくれよ……」
恐らく果たされないそんなちっぽけな希望は、夕焼けが輝く空に静かに吸い込まれていった――。





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