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旅人の唄 〜形無き宝〜



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私が求めるのは宝だけではない。
勿論宝も大事だが、それよりも大事な物が在るのを忘れてはならない。

――旅人の唄 第3章  冒険者の心意気より――




生臭い臭いがするダンジョンの中を白いローブ姿の男が走る。
曲がり角に達し、滑り込みつつ壁に張り付き自らの体を追っ手の死角に隠した。
「参ったな、このままじゃ・・・・・・」
響いた声はまだ年若い。しかしその声は疲労の為か2、3歳は年老いたように感じられた。
彼の視界のそう遠くない場所に、彼を追う忌々しい姿が見える。
それは耐久年数をとっくに過ぎたと一目で分る服を着ていた。
視点の存在しない落ち窪んだ眼窩、生気の感じられない痩せた顔。
言うに及ばず死者から生じた魔 物ポウォール――グールである。
(このままじゃあ、こいつらと一緒に暮らすことになるな)
疲れきった頭に浮かぶ最悪の想像。
力尽き、倒れた体を闇に支配される。そして――
(いや、もしくは・・・・・・)
下手をすれば、美味しく食べられて奴らの血肉となって暮らすことになるかもしれない。
(どちらも、ごめんだ・・・・・・!)
最悪の想像を首を振ることにより追い払い、彼は走り出した。
目指すは、外の世界につながる出口。ただし彼は手ぶらで戻る気はなかった。
そもそもここに来たのは”それ”が目当てなのだ。
ラムタラが目指すのは、ダンジョンの最下層に眠ると言われる宝。
通常、ダンジョンにつきもののそれは大抵価値が高いが、この亡者渦巻く魔窟のそれは
一際群を抜いたものだと聞き、喜び勇んで来たのだが。
「これじゃあな・・・・・・」
確かに、宝の価値が高ければそれ相応にそこに住まう魔物の力も強くなる。
それは知っていた。ここをクリアしたというベテラン冒険者からも聞いていた。
しかし、無尽蔵の体力を誇る亡者達の手ごわさは異常と呼べるものだった。
ラムタラは、自身の力を過信しない。
冒険者としての腕はそこそこ高く、中の上くらいに位置する。
そう思っていた。だが現状はこの通り。
自分の”破砕の一撃スマッシュスキル”も”力ある言葉マジックスキル”もほとんど通じない、意味がない。
敵に出来るだけ遭遇しないことを祈り逃げ惑うばかりだった。
運悪く、見つかった場合はこうして息を潜め、脅えながら隠れるのみ。
たいていの場合、彼に代表される”外世界からの客ミレシアン”は死を恐れない。
何故ならば彼らはこの世界で言う死が、厳密には存在しないからである。
力尽き、倒れたとしても彼らの導き手の祝福により安全な場所に引き戻される。
ただ、死ぬことがないと言っても痛覚は当たり前のように存在していた。
意識がなくなり、帰還するまでの間、彼の体は魔物に蹂躙される。
遊ばれ、蝕まれ、喰われ、辱められ、犯され、踏み躙られる。
それは余りにも嫌だった。
勿論、この世界に来たばかりの頃はかなりその憂き目に遭っているのだが。
「・・・・・・」
曲がり角に達し、壁に背をつけ物音立てぬように先を見回す。
もう幾度も繰り返してきたこの行為もラムタラはうんざりしてきていた。
備えてきた各種回復薬も残り少なかった。
着ているローブは襤褸切れ寸前、形をとどめているのみ。
装着している鎧は亡者の爪やら牙、彷徨う魂の攻撃で所々色や外飾がはげ禿げ、あるいはヒビが入っていた。
しっかりと両手で握る本来なら強力な威力を誇るクレイモアも、刃毀れが目立つようになった。
「もう、長くは持たない、か――」
一人呟いた言葉も、力なく暗闇に吸い込まれていった。
その、吸い込まれた暗闇から微かな衣擦れの音がした。
(くっ・・・・・・来たか!?)
覚悟を決めてラムタラは通路に飛び出した。
すると、呆気にとられたような顔をした人間が一人。
「・・・・・・」
やや赤を帯びた茶色の髪、額にはバンダナ。
肌の色は白く、桃を思わせる頬。眼窩は空洞でなくしっかり宝石の様な瞳が収められている。
もっともそれは軽く見開かれてこちらを眺めていた。
着ているのは襤褸ではなく、豊かな色合いのシャツに軽装の鎧。その背中には大弓と矢筒。
ただ、ラムタラの着ているそれの様にところどころ禿げてはいたが。
手には大きな凧の形をした盾、もう片方には幅広の刀身を持つ剣――ブロードソードが握られていた。
「ええと・・・・・・どちらさまで?」
ラムタラの出したその声は間抜けに響いた。



「本当に驚きましたよ」
暗闇の中にボウ、と焚き火の灯りがともっていた。
魔物の気配がない部屋を見つけ、ラムタラとセノンは束の間の休息を取っていた。
話を聞けば、彼女もラムタラと同じように宝を探しに来たのだった。
「それはこっちも同じだよ。まさか、こんなところで人に会うとは思わなかったからね」
そう言いながら、彼は腕に手際よく包帯を巻いている。
向かい合うセノンも傷ついた箇所に傷薬を塗っていた。
お互い、大きくはないが結構な数の負傷が目立っていた。
武器や防具などの装備や携帯している物資にもお互い陰りが見える。
そう考えれば、ラムタラがこう切り出すのもむしろ当然ともいえた。
「・・・・・・一つ提案があるんだけど、いいかな?」
「おおよそ、・・・・・・予測はつきます」
「なら、話は早い。ここを脱出できるまでいいから、手を組まないか?」
その提案に彼女は思案に暮れる顔をする。
(駄目、か・・・・・・?)
確かに手を組んで戦う恩恵は安くない。報酬も半分になってしまうからだ。
金貨等の分けることが出来るものならばいい。
しかしここに眠る宝は分けれるような代物ではなかった。
伝説の名剣――ドラゴンブレイド。
古来の職人のみが持つ技で意匠を凝らした龍の翼持つ剣。
現存する数は多くなく、間違いなくその価値は一級に値する。
しかし、いくら価値が高くても現段階では意味がない。
一般的に宝が収められているのはダンジョンの最も奥まった場所だからだ。
このダンジョンを個人の力だけでクリアするには、この時点で体力の半分以上
を使い果たしているラムタラにも、セノンにも難しいはずだ。
もしそれでも断るくらいなら。
(・・・・・・何か別な理由があるとしか考えられないな)
そうラムタラが思案している間に、セノンのほうでは結論が出たようだった。
「そう、ですね。手に入れないと話になりません。私だってここで朽ちるのは嫌ですから」
そう言うと彼女は手を差し出してきた。
ラムタラは暫く呆然とそれを見て、次にそれが何を意味するか理解し、そして慌てて手を出した。
「え?――――あ、ああ!宜しく頼むよ」



セノンの腕は、確かだった。
それこそ男性である自身と比べても遜色無いほどに。
少なくとも自分と互角か、それ以上。ラムタラはそう見て取った。
その証拠に、彼女と出会うまでには逃げ惑うばかりだった魔物も今は逃げず、倒して進んでいる。
「――ええいッ!」
裂帛の叫びとともに放たれた矢が唸りを上げてグールに迫り、狙い違わず命中。
勢いで吹き飛ばす。すかさずラムタラが走りより腐った体を腰で分断、止めを刺す。
(微妙に情けないな、これ)
そう思ってはみたが、口には出せない。
面子を気にしている場合ではなかったし、事実これがもっとも効率がよかった。
遠距離から敵を狙える仲間が居るということは非常に心強い。
これまでにも何度か弓使いの冒険者と一緒になったが、彼女の腕は3本の指に入っている。
またもや彼の目の前を矢羽が横切り、つづけて何とも形容しがたい、したくない声が響く。
走りより、立ち上がろうとする亡者の頭を切り離し、元の物言わぬ骸に戻す。
「・・・・・・とりあえず、これで一通り片付いたみたいだな」
「そうみたい、ですね」
ラムタラは、ふうと息をつき剣を背中に戻した。
ダンジョンに入って何時間、いや何日経過しただろうか。
日の光どころか月明かりすら差さぬこの暗闇の魔窟では時間の感覚がつかめない。
情報によれば5階ほどで構成されていたか。
しかしそれも今何階にいるかが分らなければ意味が無い。
食料の備蓄も余り無い。正直、このダンジョンをなめていたのだ。
今まで目的を果たせず帰還した、あるいは果てた冒険者たちのように。
現実はいつも厳しい。そう痛感した。
入る前までには持っていたそれなりの自信も、上の階に落としてきた。
ここに居るのは身の程を思い知った自分。そう思い自然に唇が開く。
「――結局、まだまだってことかな」
「え?何か言いましたか?」
「いや。・・・・・・なんでもない」
セノンは暫くこちらを見ていたが、そうですかと呟くとその顔を前に向けた。
「それじゃあ、次に行きましょうか」



目の前には人間の冒険者には不釣合いに見えるほどの錠がかかった大扉がそびえている。
「いよいよ、ここが最後らしいな」
「その、ようですね」
二人の吐く息は、荒い。
いかに力を併せたとはいえ、そうそう上手くはいかない。
捌ききれない数の魔物が出現すれば、当然傷は負うし疲れも増大する。
せめてもの救いは、途中で矢が尽きなかったことだ。
セノンはもともと単身でこの魔窟を踏破するつもりでいたのが幸いした。
彼女が持っていた矢筒は実に荷物の半分ほどに相当したのだ。
もっともその多くは既に失い、残っているのはもう僅かに百本ばかりだが。
「・・・・・・開けるよ。準備は、いいね?」
お世辞にも良いとは言えない空気を大きく吸い、吐いてから静かに返答がかえされる。
「――どうぞ」
ガシャリ、と大きな音とともに錠が外れ軋む音を立てつつ扉が開く。
その瞬間生ぬるい空気が部屋から流れ出す。嫌な空気だ。
ラムタラはそう感じた。
事実、その通りだ。ダンジョンの宝を守るのは強力な守護者と相場が決まっている。
多少躊躇ってから一歩を踏み出す。
(罠の中に入る獲物の気分だな・・・・・・)
部屋の中に入った瞬間、二十四対黄色い眼が見えた。その全てが彼の方向、部屋の入り口を見ていた。
「・・・・・・!」
まるでその視線が矢となって自分を射止めたかのように、体が動かなくなる。
一見、黒い猫だが立派な魔 物ポウォールの一種、ヘルキャット。
どころか、強固な防御と魔法を操る化け猫である。ラムタラはそう聞いたことがあった。
もっとも近いそれの一匹が、立ち竦む獲物に狙いを定め――――跳ぶ。
普通の猫の何倍もの脚力で飛び掛ってくるそれがラムタラの首に噛み付く寸前。
背後より飛来した矢がその黄色に光る眼の片方を射抜き、吹き飛ばす。
矢尻は化け猫の後頭部から突き抜け、即死は間違いなさそうだ。
「ぼんやりとしてるとここまで来た意味が無くなりますよ!」
「・・・・・・気をつけるよ」
縫い止めていた視線が減ったからか、それとも別の何かが作用したか。
凍っていた体に活を入れ、剣を構えなおした。残るヘルキャットは11匹。
決して楽ではないが倒せない数でもない。
そう思い、走り出そうとした時――声が聞こえた。
「―――――――」
耳の鼓膜が感じとる。まるで泣き叫ぶような声。
その声の主が近づいているのか、床に布が擦れる音も聞こえてきた。
化け猫たちがに耳障りな鳴き声を上げ始める。
まるでそれは自分達の主を迎えるかのような鳴き声の合奏。
「・・・・・・噂に聞いたことがあります」
「・・・・・・一応、話だけなら俺も聞いてる」
圧倒的な雰囲気に呑まれ、体に冷や汗が流れるのをラムタラは感じた。
そして猫たちの合奏が最高潮に達した、そう思われた時にそれは姿を現した。
白濁した瞳を持ち、黒い衣装で身を包む美女の姿。
この世ならぬ声を紡ぐ彷徨える亡者の歌姫。
人々はそれを泣き叫ぶ歌姫と呼んだ。
「聞いてはいたけど、最悪だな・・・・・・!」
幾多の霊を従え、その歌により仲間の士気を上げる厄介な敵。
彼に武勇伝を聞かせてくれた冒険者たちはそう言っていた。
「くっ・・・・・・先手必勝です!」
矢をつがえるセノン。弦を大きく引き絞り、解き放とうとする。
「セノン、止め――!」
しかし、ラムタラの静止の声より先に矢が放たれる。
風を裂きながら進むそれは見事にバンシーの肩口に命中する。
「――――――!」
姿持たぬ彼女らに痛覚は無いはずだが、痛みを感じているかのように一際高い声でバンシーが鳴く。
するとその周囲に霧のような物が沸き立ち、次の瞬間にはそれが捻じ曲がった人型を幾つか形成し始める。
青みがかった透明色の肉体。瞳だけが紅く爛々と輝いている。
ここに来るまでにも何度となく襲われた出来損ないの魂の魔物、ゴーストである。
「そんな――!?」
「遅かった、か」
バンシーは自分に危機が迫っていると感じると配下であるゴーストを呼び出すことをラムタラは聞いていた。
だからこそ、セノンの攻撃を止めたのだが。
(今更言っても、仕方がないか――)
部屋の中には主の出現を喜ぶヘルキャットに召喚されたゴースト、それに泣き叫ぶバンシーが
魔窟に疲労し襲われるのを待つ哀れな犠牲者を狙っているという彼らにとっては好ましくない構図が出来上がった。
更にはバンシーの魔歌により眷属の能力を上げている。
「あれを倒すしか、ないな」
「どうやってですか?この状況ではいくらなんでも――」
「出てくるのは分っていたから、策は用意してある」
「・・・・・・嘘じゃなさそうですね。分りました」
そうしてタイミングを見計らう。
魔物で埋まる囲みを突き抜ける為の道が開くのを、ただ待つ。
その場の何者も動かない。不思議なことに魔物達もその凶暴性を発揮しない。
(こちらを侮っているのか?ならばこの場の勝ちは――)
動いたのは、つがえた矢を再び射ようとするセノン。
「――準備は良いですか?・・・・・・行きますよ!!」
強烈な矢の一撃が魔物の群れ、その先頭に居たゴーストに命中し、後ろに続いていた魔物ごと吹き飛ばす。
それにより作られた隙、僅かな間をラムタラが疾駆する。
「もらったぁぁぁッ!!」
目指すのは魔群の最奥、亡者の歌姫。
マグナムショットの余波を受けていなかったヘルキャットの何匹かが追おうとするが、
その爪牙が囲みを疾駆する侵入者を傷付けることはおろか、かすることすらない。
ラムタラはそれほど見事に突破口を見切っていた。そしていよいよ、目前にはバンシーの姿が迫る。
大きく振りかぶった両手持ちの大剣が、唸りを上げて振られた。
「!?」
しかしその刀身がその細い胴体を裂く事は無かった。
剣が振られたまさにその瞬間、バンシーの姿が突如として消え去ったのだ。
ほんの数秒呆然としている間に、猛烈に嫌な予感が後ろから迫った。
振り向けば、視界に映るのは生気の無い顔で爪を振り上げるバンシー。
今度ばかりは今まで何度と無く助けられた弓の援護も無く、そのまま振られた。



「ラムタラさん――!?」
セノンには見えた。魔物の群れで埋め尽くされた視界、その僅かに空いた隙間から。
上位の魔族が持つ瞬間移動魔術により渾身の一撃を避けられるところを。
その直後、転移により後ろを取られたラムタラに爪が振り下ろされるその瞬間を。

つまりそれはこの危機から脱出する術が失われたということ。
唯一の策ラムタラが失われたということ。

事実、彼は爪による攻撃を受けてからぴくりとも動かない。
セノンは聞いたことがあった。バンシーには相手を石に変える能力があると。
バンシーの一撃を受けたとは言え、ラムタラの体はそれほど傷ついているようには見えない。
それでも動けないのは、石化してしまったからではないか。
この状況でも冷静に事態を分析しようとしている自分を、セノンは可笑しく思った。
永劫に続くかと思われた刻が動き始める。
バンシーが振り向いた。次の獲物であるセノンを見つめる。セノンは眼が離せない。
片手を振り上げる。自分で動くのも面倒だというばかりに振り下ろす。セノンは眼が離せない。
主の命を受け、ヘルキャットが、ゴーストが動き出す。セノンは眼が離せない。
バンシーを守護するように囲っていた魔群が今度は獲物を攻撃するために囲み始める。セノンは眼が離せない。
知らず知らずのうちに後退していた足の踵が壁にあたった。逃げ場は失われた。

それでも、セノンは眼が離せない。

せめて気持ちは負けないように、そう思いバンシーを殊更に強く睨む。

人間の感情を理解しているのか、嘆きの歌姫のその病的に白く、美しい唇の端が歪められる。

やられる。そう思った次の瞬間、絶叫が空間を支配した。

(・・・・・・え!?)

セノンはまだ恐怖による絶叫を上げていなかった。
魔物の群れも、まだ襲い掛かってきてはいなかった。
どさり、とバンシーが床に倒れ伏す。その背後に見えたのは、血を流しつつも立つラムタラの姿。
中心を彩る花びらのように黒いドレスが広がり、光に包まれる。
そしてバンシーの肉体が薄く輝く粒子となって消えた。
間を置かずしてゴーストも元の霧に戻り、空中に散って行く。
主を失った猫は、恐れをなしたかのように逃げ去っていった。
そんな中、当たり前のようにラムタラは歩み寄る。
「どう、して・・・・・・?」
「ま、姑息な手段だよ。俗に言えば死んだ振りってやつかな。あとは・・・・・・これさ」
そう言ってラムタラは刃の無い、柄だけになったそれを見せる。
「――ゴーストソード。亡者を倒せるのは同じく亡者のみってね」
「・・・・・・これが、策ですか」
そう呟き、自分でも間の抜けた声を出しているだろうなとセノンは思った。



「いよいよご対面、か」
「外れても恨みっこ無しですよ」
用意された宝箱は2つ。
そのどちらかに伝説の名剣ドラゴンブレイドは収められている。二人で話し合った結果は運任せであった。
女神像の右側の宝箱の前にラムタラ、左側にはセノンが立っていた。
「気持ちの準備は整いましたか?」
「もちろん。――じゃあ、いっせーの・・・・・・」
「で!」
バカン。宝箱の蓋から埃が飛び散る。
開けた瞬間、息を飲む音。
装飾が凝らされた龍翼持つ剣を掲げたのは右に立つ冒険者。
落胆にくれるのは左に立つ冒険者だった。
「お互い、恨みっこなし。・・・・・・だろ?」
そう呟くラムタラにセノンが力なく言葉を紡ぐ。
「――――そう、です」
見るからに落胆しているセノンはとても声がかけづらい。ラムタラはそう思った。
しばらく迷ったが、やはり素直に意見を言うことにした。
「えっと、まあ・・・・・・とりあえず、外に出ようか。暗闇の世界はもうごめんだろう?」



「とりあえず、礼を言っておくよ。有り難う。本当に、助かった」

セノンは、どこか遠くから聞こえてくるかのようにその言葉を聞いていた。
自分の口が開き、気の抜けた口調で返答される。
(苦労、したんだけどなあ・・・・・・)
宝箱に入っていたのは大量の金貨。
決して少なくは無いのだが、自分の労働の対価にはあまりにも少ないと思った。
その間もラムタラはなにか喋っていた。何度も感謝の意を述べていた様な気がする。
(疲れたな。・・・・・・帰って、とりあえず寝よう。――後のことは知らない)
「・・・・・・じゃあ、そろそろ解散しようか」
「あ・・・・・・。うん、そうですね・・・・・・」
今の自分はどう見えているだろうか。落胆に暮れ、気力の抜けた抜け殻。
朝が近いのか、再び日が昇ろうとする平野よりもむしろ先程まで居た魔窟が似合うに違いない。
セノンは多少自虐的にそう考えていた。ラムタラが何気なくその言葉を言うまでは。

「これは、持って行ってくれ」

差し出されたのは先程のダンジョンの報酬だった伝説の名剣。
多くの冒険者が追い求める一級の宝。
「え?・・・・・・ええっ!?いいんですか?いや、それよりも・・・・・・なんで!」
「そうだな・・・・・・まあ、俺だけじゃあ野垂れ死にが精々だったしね。これくらいしなきゃそっちも割に合わないだろ?」
「でも!本当に・・・・・・本当に、いいんですか?」
その問いかけにラムタラは困ったように考え込み、ふと詩の様に呟いた。
「・・・・・・私が求めるのは宝だけではない。勿論宝も大事だが、それよりも大事な物が在るのを忘れてはならない」
言い終わってから少し照れたように笑い、俺はこの言葉が好きでね、と付け足した。
セノンはその仕草をどこか面白く思ったのか、そういうことにしてきますと、呟いた。


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